今回は医師の働き方改革、患者さんの満足度向上を音声解析の力によって実現する、スマート医療秘書kanata!を運営する、kanata株式会社代表取締役社長の滝内冬夫様にインタビューを行いました。
スマート医療秘書は診察での会話を解析し、自動で内容を要約、抽出して電子カルテに代行入力するサービスです。医師が電子カルテに入力する手間を省き負担を減らすだけでなく、入力する必要がなくなる分診察に集中することができます。
滝内冬夫 ーkanata株式会社 代表取締役社長/創業者ー
経歴:新卒で都市開発事業に従事。2004年から医療情報業界で電子カルテ事業に携わる。2018年11月に現在のkanata株式会社を設立。
元々医療業界に従事していたにもかかわらず、起業に至った理由は何だったのでしょうか。
仕事で病院に行くのではなく、久しぶりに患者側として病院を訪れた際にお医者さんが診察室でパソコンの方を向いていて中々目が合わず、さみしい気持ちや、不安な気持ちになったという経験がきっかけでした。この診察中にパソコンに向かって入力業務をしている時間を削減できればお医者さんが嬉しいだけでなく、患者側としても安心できるのではないかと考えました。
ある調査によると、医師の方々は1日に3時間以上の時間を診察以外の時間に使っており、そのうちの大半が医療文書の作成や電子カルテ等の入力業務です。この業務負担を軽減するために医療秘書を雇うという方法もありますが、人件費や専門性の高い業務の関係で簡単に雇うことはできません。
そこでITの力を使用して解決できればと考えた次第です。
医療業界での知見が役に立ってこその起業だったのですか?
実は医療現場に近かったからこそ気付けていなかった部分がありました。作り手のエゴではないですが、電子カルテや医療情報システムが医師に負担をかけていること自体に気が付けていませんでした。
そのため、患者側に立ってやっと気づいたことになります。
さらに、医師と目が合わないと気づいた時に最初にしたことはクライアントの医師に対しての愚痴でした。「こんなことがあって…ひどいと思いません?」って言っていました笑。
そうしたらお医者さんに、「やっと気づいたか、電子カルテの入力って大変なんだよ」と言われて、その時にやっと悪者はその個人の先生ではなく、入力する業務が多い診察環境だと理解しました。
その次に解決方法を考えるために、クライアントだった医師の方々と壁打ちをしました。ちょうど2015年ごろが音声認識がだいぶ浸透してきた時期だったので、これを応用できるのではないかと考えました。
音声認識の技術では音声をテキスト化することしかできないので、内容の要約もデータの抽出もできないのが課題でした。「それをなんとかするのが本来の仕事なのでは」と医師の方々から背中を押されて医療秘書に代わるものを作ってみようと考えました。
方法として音声認識に注目した理由は何かあったのでしょうか?
息子が家のスマートスピーカーが好きで遊んでいたことがきっかけで、面白いと思い始めました。家で一番最初に起きるのが息子で、「OK Google」って言えないから、「OKグルグル」とか言ってたのですが、それでもきちんと認識してくれて。毎朝ニュースや音楽流して遊んでいるのを見ていたので、音声認識が使えるのではないかと気が付きました。
医師の負担を減らすためには他の手法もあると思いますが、診察室のコミュニケーションをそのまま持ってくることが大切だと思いました。カルテ入力の際に医師の判断で省略される部分や、書ききれない部分も出てきてしまいます。
診察室での情報をそのまま持ってきたいと考えた際に診察室の音声を認識出来たら良いと考えました。
音声認識を使うと決めてから最初の製品であるVoice-Karteに至るまでにどのような行動をとりましたか?
まずは音声認識だけでは内容の要約もデータの抽出もできないので、専門家の先生から教えてもらいながら構文解析を学びました。医療用の構文解析技術を会社創業前の2018年夏ごろに完成することができ、ここでビジネス化の目途が立ちました。
スマート医療秘書の前に作ったVoice-karteは、電子カルテの全ての機能を担う製品として完成させました。その当時の私は医療秘書機能付き、音声認識をしてくれるという特徴から医師の悩みを全て解決できると考えていました。
しかし、世の中には細かいニーズに答えた電子カルテが存在していまして。例えば精神科に特化した電子カルテ、画面がおしゃれな電子カルテ等。これらの商品はターゲティングがしっかりされている一方で、私たちの作ったVoice-karteは医療秘書機能があるという開発者のエゴがやはりあって、電子カルテとしては機能性がまだまだ不十分でした。そのため、予想よりも売上が上がりませんでした。
とは言え、世の中には11万の医療機関があるので会社が運営できる程度にはユーザーも増えたのですが、医療機関の負担を解消するという目的、理念の達成にはほど遠いというのが大きな悩みでした。そこから半年近く、自分は間違ったことをしているのではないかと葛藤しました。普通は経営者がリリース前に目的と手段等をきちんとシミュレーションするのでしょうが、私はこの時初めて医師の悩みと方向違いのことをやっているということに気が付きました。
半年ほど悩んだ後は何から始めたのですか?
悩んでいた時期がちょうどコロナが出てきた頃でした。コロナを言い訳に会社を辞めること等も含め、通算100日くらい悩んだと思います。しかしその中でもひたすら人の話を聴くことをしていました。知り合いの医師から架かってきた電話までどんな人でも話をしていました。
ある時、とある病院勤めの女医さんから電話かかってきました。その方が、「Voice-karteを見つけたのだけれども、医療秘書機能だけ切り出して現在使用している電子カルテに繋げないかしら」というお問い合わせをしてきました。この1本の電話によってコロナ禍なので診察室に医師と患者さん以外の人を入れたくないという需要があることに気が付かされました。
その時に「あ、これだな」と腑に落ちて、医療秘書に特化しようとしました。これの不思議なところが、おそらく私も良いことを聞いたと興奮していたのだと思うのですが、「はい、頑張ります」とだけ答えて電話を切ってしまいました。なので、どこの病院にお勤めの先生かも分からず仕舞いで…。ぜひ御礼を言いたいと思っています。
医療秘書機能に絞ったことで大変だったことはありますか?
意外とそこは大変ではありませんでした。元々のVoice-karteから医療秘書の機能だけ切り出せば使えたのでそこは比較的楽でしたね。そのため、電話でお問い合わせいただいてから2ヶ月ちょっとくらいでリリースできました。
この時に一番大変だったのは社内の意見をまとめることでした。エンジニアたちからすると今までは電子カルテに求められる機能全部やっていたにも関わらず、医療秘書機能だけで良いとなると全体の10%しか作らないことになります。
作っていたものが9割はいらないとなると、今までの汗をどうしてくれるんだという話になります。そこは正直にエンジニアに話をして、心のしこりを残さないように想いを一致させていく作業に集中しました。
完全にスマート医療秘書だけに絞った理由等はありますか?
大企業であれば別ですが、小さい会社はリソースが限られています。二兎追うものは一兎も得ずではないですが、どこかに集中した方が良いと考えたのが1つ。
もう1つは本当にお客様が弊社に期待していることだけをやる方がが良いと考えたからです。電子カルテって世の中に沢山あるのに、それを新たに創業した会社がやる必要は無くて、何かやるべきことがあるから新しく創業したはずです。
弊社であれば、「医師の働き方改革のための医療秘書」という部分だけは期待されているだろうということでここに特化すべきだろうと考えました。それぞれの企業が得意な分野に特化すれば、医療従事者の方々の課題解決にはより早く対応できると考えています。
スマート医療秘書kanata!に絞ると決断してからはどのような行動を?
この時までの構文解析はプログラムでやっていました。とあるキーワードを医師が発したら記録をする等というやり方でした。なのでいくつか診察中に話してほしい言葉が存在していました。
医師にヒアリングした際に、この医療秘書機能を意識せずに診察したいという意見があり、キーワードを発しなくても使えるようにしたいという課題がありまいした。これに対応するために、プログラムレスで変換させるために深層学習、ディープラーニングの技術を入れました。
さらに、最初は音声認識のツールは他社のものを使用していたのですが、コロナ化でマスクやアクリル板、空気清浄機などの障壁のせいで音声認識が上手くいかない場面が多くありました。
そこでこのようなタフな状況下でも認識制度が落ちない音声認識を作ろうと、ベンチャー企業さんにご協力いただいて、診察のための音声認識を作り上げました。これによってより精度の高い医療秘書に進化しました。
今後の展望は何かありますか?
最近は医療秘書の機動性を上げる、医師や看護師が診察室内を歩き回ることに対応しないといけないと考えています。今までは診察室にマイクを置くというのが普通のモデルでしたが、血圧を測ったり触診したりと医師や看護師の方々は診察室の中や病棟内を動き回ります。
最終的にはこれら全てに対応したいと考えているのでウェアラブル端末と連携することを現在取り組んでいます。SFのようですが、このようなことに取り組めるのも私たちが特定分野に特化していたおかげかなという気がしています。
経営者として大切にしていることはありますか?
大変な時に乗り越えられたのには息子の『奏向(かなた)』の存在がありました。2年前に天国に行ったのですが、診察室で医師と目が合わない経験をしたのは息子の付き添いに行ったときでした。妻があの時パソコンばっかり見ていたお医者さんを捕まえてでも色々検査してもらった方が良かったのではととても後悔していた姿を見ていました。
その時何かしていたからと言って何かが変わるわけではないのですが、妻のように後悔する家族を少なくしたいという気持ちがあり、創業しました。会社に、「kanata」と息子の名前を付けたのですが、名前を見るたびに息子に恥をかかせるわけいかないと思って頑張れますし、節目節目で踏ん張ることができるのも息子の存在があったからです。
息子が気が付かせてくれたことを息子の代わりにやっている気持ちです。前述した医療秘書機能に絞るために社内のエンジニアを説得する際も、最後は「奏向のために一緒にやってくれたんだから奏向のためについてきてくれ」という話をしました。
その時エンジニアたちはとそうだよねと言ってくれて。kanataのこと忘れない限りはこの会社やっていけるんだろうなと思っています。なので理屈ではなく、この人がいてくれたからこそ頑張れているというのが成功の秘訣ですね。
人でなくても良いですが、これのため、この人のために頑張るのような何かがあれば良い会社になるのではないかと考えています。
そして、この息子の想いを最初に共有したのが永井と戸川の2人の取締役なのですが、想いを共有できる二人三脚のパートナーに恵まれたということが、私にとって幸いなことだったなと感じています。
ー本日インタビューしたkanata株式会社様の情報ー