今回は、世に残したいけれど残せない、素晴らしいサービスを持続させることで社会の役に立ちたいという思いから、事業承継という選択肢にたどり着いた久保様にインタビューをしました。
ソリッドソニック株式会社は、創業者である田中哲廣氏(現取締役)が2008年に創業し、以来一貫して骨伝導技術の研究開発に努めてきた。技術としては、圧電セラミックスを用いた骨伝導振動子と耳穴におけるその保持構造が特徴になる。あるとき、この仕組みを活用した試作品を聴覚障害のある方に試したところ、『生まれて初めて音を感じることが出来た』 という方や、『音は認識できたものの言葉としての認識は出来なかったが、それが出来るようになった』 という方が現れたという。創業者は自身の高齢化により体力的な不安を抱えつつも、この様な結果に勇気を持ち、『聴覚の問題で困っている人々に福音を届けたい』 という思いで研究開発を続けてきた。その結果、ついに商品化が可能な技術レベルに達し、後継者の久保社長と共に、2020年秋の第1号商品の発売、事業の本格展開を進めている。
久保 貴弘 ‐ ソリッドソニック株式会社 代表取締役 –
経歴:
2002年に室蘭工業大学工学部を卒業。新卒で松下通信工業(現パナソニック)に入社。
在籍中は調達・経営企画部門に従事。仕入/サプライチェーン、意思決定論に基づいた事業コンサルティングが専門分野。 同社では、長く中国・インド・アフリカ事業にも関わり海外経験も豊富。事業承継に関しては、2019年6月より本格的に活動を開始。承継候補となる会社が多々ある中、ソリッドソニック株式会社に出会う。難聴に苦しむ人々の為に、長年に亘り骨導の技術を磨いてきた創業者の人柄と、素晴らしい技術力を目の当たりにし、「この会社が世の中から消えてしまうようなことがあってはならない」と思い承継を決意。
その後、2020年2月に18 年間勤務したパナソニックを退職し、ソリッドソニック株式会社の事業を承継。
音の聴こえで日常 生活に支障がある方々に福音を届けるため、骨伝導商品の開発・事業化に取り組む。
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- 2008年3月
ソリッドソニック合同会社 設立
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- 2011年
骨伝導イヤホンの保持構造に関する特許を取得
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- 2017年
クラウドファンディング 「Makuake」 にて資金調達に成功
骨伝導振動子の構造・製造方法に関する特許を取得
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- 2019年
「Makuake」 にて2回目の資金調達に成功
調達資金による開発商品の試聴販売会を初開催
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- 2020年2月
創業者 田中哲廣 から 後継者 久保貴弘 へ事業承継
合同会社から株式会社への組織変更を完了
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- 2020年12月
第一号商品発売
◎経営者になったきっかけは何ですか?
きっかけは新卒でパナソニックに入社し、その時に担当していた取引先が倒産したことです。入社時はまだ社会人として右も左も分からない状態だったので、どうしてこんな事になるんだろうと疑問が膨らんでいったんです。その経験から経営に対して興味をもつようになりました。バイヤーをやりながら、いつかは経営に携わりたいという思いが強くなり、パナソニックでのキャリアを積み上げていきました。
◎パナソニックのキャリアの中で実際に経営企画部にも携わられてますが、やはり学びになりましたか?
とても学びになりました。スタンフォード大学の教授が提唱している意思決定論に基づいて、クライアントからヒアリングして、定性的な話や定量的な話から事業モデルを作り、経営者が意思決定できるような形に仕上げて、どう判断しますかっていうところまで持っていくっていうところが非常に勉強になりました。
それでもサポートする側にはなるので、自分が実行者ではなく、最後は経営者がその情報をもとに意思決定をしなければならない。私としてはやっぱり実行者でありたいと思っていたので、あくまでも修行の一環としてこのキャリアを捉えています。
◎いまされている事業は社会貢献性を意識されてる部分もあると感じましたが、これはどのような経験やきっかけがあったんですか?
入社当初から経営に対して、ずっと興味があってキャリアを積み上げてきました。しかし、経営をやろうと思った時に、会社の中で出世をする必要がありますし、大手では人数規模が大きいこともあり、なかなか機会がなかったんです。仮に我慢して待っても50代後半でやっと経営ができると思ったんです。そこで時間を無駄にできないと思い、今後のキャリアをどうするか考えました。
その際に、当時は大廃業時代という言葉がメディアで取り上げられていました。そこで事業承継に関する問題を知りました。日本の中小企業経営者の高齢化が進み、後継者不在によって廃業が進んでいる。これから多大なるGDPと雇用が失われていくという事がメディアで取り上げられていました。これを見たときに「これじゃないか!」と思ったんです。国の課題に対して一石を投じる事ができ、なおかつ経営もできるので一石三鳥以上の魅力があると思いました。そこで事業承継に取り組もうと思ったんです。前提としてどの事業も尊いものであると考え、その中でも、もしやるのであれば「本当に社会的弱者が救われるような事業をやりたい。」そう思ったんです。
◎骨伝導イヤホンの事業を承継することの決めてはなんだったんでしょうか?
様々な企業様とお会いして、どの企業様も素敵だと思いました。骨伝導イヤホンの技術は、先代の田中が広告業を退職後してから研究を始め、10年がかりで特許を取得しました。どうしてここまで研究を続けられたのか質問をすると、「実は辞めようと思った事もあったのだけど、実際に試作機を片耳が難聴の方に付けてもらった時に、突然その方が涙を流して喜んでくれたんです。」という話をしてくれました。凄く心に響き、この技術が世の中から消えるような事があってはならないと思いました。
また、日本では地震などといった大きい振動の研究は結構進んでいますが、微細振動についてはほとんど研究が進んでいません。田中が研究していた難聴向けの骨伝導の技術は、非常に可能性がある技術だと思ったことも重なって継承しようと決めました。
◎就任後、まずされた事はなんでしょうか?
まずはビジョンを作り、我々がどういうアプローチで今後の事業展開を進めていくかという方向性を出しました。
『我々はソリッドソニックテクノロジーを活用し、世の中の「聞こえ」に関する問題解決に取り組み、人々が人生をより豊かに楽しむことのできる世界の実現に貢献します』というビジョンを掲げました。そして、このビジョンを達成する為に2つのアプローチがあります。1つは日常生活に対するアプローチです。そのアプローチの一環として第一号商品のViboneという難聴者向けの商品を発売しました。もう一つのアプローチは人々の職業生活に対してのアプローチです。我々の技術というのは耳を塞ぎ、骨導の柔らかい音で音伝達を行う技術になっています。これは「騒音環境で仕事をされる方々が難聴予防をしながらコミュニケーションを取る」というニーズを満たすのに相性が良いんです。そういった聴こえのニーズを持つ企業と商品開発であったり、BtoB向けで事業化していくようなアプローチをする。
これらを掲げた上で既に先代の田中とお付き合いのある関係者の方に今後の会社の方向性やビジョンをお話しました。
また、ビジョンの作成と同時並行的に、資金調達に入りました。今まで田中は自己資金と、クラウドファンディングから支援いただいたお金を使っていたので、新たにベンチャーキャピタルと金融機関にアプローチをしました。
◎そこから商品の開発をされたんですね。
そうです。既に先代の田中の方でサービスの企画自体は出来ていました。しかし、ものづくりという観点ではノウハウがなかったんです。ただ私がパナソニックでバイヤーとして調達を行っていた時に、製品の開発マネジメントや立ち上げの経験があったので、一気に田中の企画したものを立ち上げました。
ただ、第一号商品発売予定日を一ヶ月に控えたくらいの時に、製造を頼んでいた工場から連絡が途絶えた事は大変でした。新しい取引先を一から探すこととなりました。
私が開発のマネジメントをしていますが、実際に動いてくださる方が沢山いらっしゃって、日本や中国などを実際に飛び回って部品を探してくださる方や、部品を組み立てる工場の方など、関連する方々が本当によく協力をしてくださいました。一丸となって、開発販売に向かって協力して下さった結果として、無事商品を販売できた大きな理由だと思います。
◎第一号商品Viboneの特徴を教えてください
Viboneは、骨伝導の技術を用いた集音器というものになります。集音器の基本的な構造は、外音声をマイクで拾い、増幅器で音を大きくして、イヤホンから耳に伝えるというものになります。この中で田中が研鑽してきた部分はイヤホンになります。このイヤホン部分に重要特許を2つ持っていて、難聴者向けの骨伝導の技術が当社の強みになります。
一般的な骨伝導イヤホンは、耳に引っ掛ける形状をしています。どうして音が聞こえるかというと、こめかみ部分で振動子という部品がブルブル震えて、その振動が耳の奥の組織に届くことで音が聞こえたと感じます。様々な骨伝導イヤホンが既に販売されていますが、すべてに共通している事は、耳穴をオープンにして使用するという事です。なぜこの形状にしているかと言うと、ターゲットが健常者だからです。彼らが、何かをしながら音楽を聞きたいというニーズを満たす為に耳穴が開いた状態になっています。
一方で、我々は難聴者をターゲットにしています。彼らの音をしっかり聞きたいというニーズを満たす為に振動を外耳道、耳穴入口周辺にグッと圧接する形を取りました。なぜかというと、耳の周りに振動子を装着した場合と、耳穴にグッと入れて装着した場合では音の伝達効率が全く異なるからです。
一般的な骨伝導イヤホンの形状では、こめかみ部分を叩くようなイメージになるので、振動が外に漏れて音がロスしてしまいます。健聴者が外の音も聞きながら音楽などを聞く分には支障がありませんが、難聴者にとっては音が聞こえにくくなります。その為、しっかりと耳穴に挿入して、振動が発生したものを耳全体でキャッチするような構造にすることで、難聴者が聞きやすいイヤホンとなります。
◎Viboneを販売されてから1年経ちますが、最近どんな事をされていますか?
販路開拓を行っています。もう一つは次の機種の開発をプロジェクトとして立ち上げました。販路開拓も大切ですが、開発の方がより重要だと考えています。商品開発を早く行わなければ事業の将来が見えなくなる上に、商品開発も1年2年と時間がかかることから今は商品開発により力を入れています。
◎現在、商品開発をされる中での困難はありますか?
大変なことは資金面ですね。最初に発売した商品はターゲットが絞られているので、キャッシュの戻りが遅いです。それに対して、開発プロダクトは6つ立ち上げているので、いかに資金調達して開発費用に回せられるかが重要なポイントとなります。また、補助金や助成金なども活用しています。現在は、病院の経営者の方々や、大学医学部の権威の方々にもチームに入っていただき、開発を進めています。
◎今後のビジョンを教えてください
次の商品は、第一号商品を更にブラッシュアップして、聞こえる性能をグッと高めたものを発売予定です。開発資金は、きびだんごとグリーンファンディングのクラウドファンディングを活用する予定です。
難聴の方々とお話をする中で、補聴器していて耳が悪いと思われたくないなど、複雑な気持ちがあることを知り、そういった心のケアも含めて、寄り添っていきたいと思っています。
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